Saturday, August 14, 2010

What I learned in Japan


一か月で日本の文化や言語、そして日本人達の考え方を全部は学べないでしょう。私が京都に来てから一か月経ちましたが、その短い時間で経験したことについてお話しをしたいと思います。
日本に来る前、私は日本のことをあまり知りませんでした。両親から聞いたり、日本人の友達から聞いたり、アニメや映画みたいな様々なマルチメディアを通して見た日本ではやはり十分ではないと思いました。なので自分の目で見て、自分の耳で聞きながら日本をすべて自分で経験したいと思って、京都に行くと決めたんです。
さて、私が見た日本はどうでしょう。まず、今の日本は変化していると思います。テクノロジーの進歩のおかげで、人々の生活の中に一緒に住めるロボットが生まれたり、生活に必要な色々な物を買える自動販売機も作られたりします。その上、最近注目されている日本の教育制度は「ゆとり教育」に変わった後、様々ないい点と良くない点があって、人々の意見が分かれ、日本の問題の一つになっています。すでに日本に存在している学歴社会にもっとよく合った教育制度にするために作ったゆとり教育が、実は学力を下げて、塾に通う学生の数が増えているのです。それでも、日本は昔の伝統的な面と今の現代的な面の間の不思議なバランスを持っている強国だと思います。
私が立命館大学に来てから他に楽しく学んだことは関西弁です。立命館大学は、日本全国から学生が来ますので、様々な方言を聞くことが出来ます。私もこの機会に京都弁とか関西弁などをきちんと習いました。例えば、バディーさん達がよく使うのは、「せやな、ほんま、そうなんや、ほな」とか「今日はカラオケ行かへん?」などがあります。私は二年間ぐらい自分の大学でずっと標準語だけ学んできたので、ここで習った方言は本当に別の世界でした。けれども、東京に住んでいる友達と電話で話していた時、私が関西弁を楽しんで使っていた途中で、彼は私に英語で言いました。「You’ve been Kyoto-nized. When you come to Tokyo, I will Tokyo-nize you.」すなわち、「関西弁より標準語を使ったほうがいいよ」と彼は言っていました。その時、私は考えました、関東人は関西弁があまり好きではないのではないかと。でも、反対に、関西人は標準語はあまり気にしないのではないのでしょうか。その態度の違いはどこから来ているんでしょうか。
ここからは私が見た日本文化についてお話したいと思います。日本文化はどの国とも違うと感じました。代表的なところ、例えば、お寺、浴衣、そして伝統的なところもありますが、今の時代にも小さいところからも文化の違いが見えます。タクシーの自動ドア、映画館で映画を見るとエンドロールが終わるまでずっと座っている人々、お店の人がお客さんに話す時はいつも声を高くすること、電車の車掌(しゃしょう)が次の車両(しゃりょう)に入る時に礼をすること、これらのことは日本に来て初めて見たことです。深く考えると、こんな毎日のように見れる日本文化は日本人達がいかに相手を尊敬するかをよく表していると感じます。このような面が、将来日本を世界一の精神的なリーダーにするのではないでしょうか。
それで、日本人の考え方はどこから来ているんでしょうか。文化的、そして精神的な面も現在日本人の考え方に影響を与えているんでしょうか。カナダでは、友達と一緒に食べに行った後お金をはらう時は、計算が100%正しくなくても現金を持っていない人の変わりに払ってあげる傾向がたくさんあります。そして韓国では、「一緒に食べに行こうか」というのは「私がおごるよ」ということと同じです。しかし、日本ではみんなで一緒に食べた後計算はきっちりすることが多いようです。私は日本人の友達にこんな違いについて聞いてみました。彼女は「でも、そうするのがフェアでしょう?」と言っていました。お金を払うような簡単な問題にも色々な考え方が存在するということに驚きました。なら、日本の人々の考え方を左右する一番大切な物は何でしょうか。
私は一か月間ぐらい日本に住んで世界を見る目が広くなったと思います。私がずっと住んでいた町が全ての世界なのではなく、もっと広い世界が想像以上に存在しているのです。もちろん、この一か月で十分だったと言っているのはありません。ただ、私自身が生きて行く道の上には、様々な生き方があるという事実についに気づくことが出来たような感じがします。私は、カナダに戻った後でも、日本で見て、聞いて、やってみて、そして学んだことを忘れずなるべくがんばって行こうと思っています。ありがとうございました。