Wednesday, October 16, 2013

At the Slip of My Tongue

Earlier this evening, something happened that was so embarrassing, so compelling, that I could not resist the urge to talk about it here and make light of the situation. (poor me...) It also reminded me of a similar incident that happened exactly about this time of last year.

First, about what happened last year.

I used to be an active member of my university's Japanese Conversation Club for a while. One day, after the usual weekly meeting was over, I headed over to my friends to discuss where we were going to drink that night. Suddenly I found myself getting asked the same question by two others simultaneously. That's when my unforgettable slip of the tongue happened.



Thursday, October 10, 2013

Movie Review: 東京家族 (2013) Tokyo Family




The Hirayamas
Introduction: "Tokyo Kazoku" (2013) is a remake of an older film called "Tokyo Monogatari" (1953), the story of an elderly couple visiting their children in Tokyo. The setting of the movie was changed to 2012 to fit today's modern Tokyo.



I first heard about the film back in December of 2012, when I used to attend an English conversation club for "shakaijins" in Tokyo. Directed by Yamada Youji, the film was to mark the 50th anniversary of his career. (I guess that means he's a pretty well-known director) By bringing in many talented actors such as Hashizume Isao, Miyagawa Miki, Tsumabushi Satoshi, and having Hisaishi Joe compose the music score, "Tokyo Kazoku" (2013) was an ambitious project. All my fellow members of the English conversation club were very excited for its release. Naturally, as a big fan of J-cinema, I decided to check out the film myself. I'm going to be talking extensively about the film's plot, so if you don't want any spoilers, this is where you should stop reading.

Sunday, November 28, 2010

Soranin

소라닌.

이 영화를 보면서 내 자신의 미래가 얼마나 두려웠는지... 지금의 난 내 인생을 위해서 뭘하고있는걸까, 10년뒤에 난 뭘하고 있을까, 정말 이렇게 가슴이 찡한 영화를 보는것도 참 오랫만이였다.

처음엔 바보같이 흉내만내던 음악에 푹 빠져 언젠간 자신같은 바보도 세계를 바꿀 수 있지않을까하는 희망에 꿈을 싫고 하루하루를 살아가는 주인공 타네다. 그의 진지한 모습을 곁에서 조용히 지켜봐주는 마이코. 이 둘의 삶의 방식에 나도 내자신의 회상에 빠질 수 밖에 없었다.

마이코가 회사를 그만두고, 타네다의 데모앨범에대한 레코드회사들의 시원찮은 반응. 둘의 동거생활이 위기에 빠지자 자기자신의 꿈까지 포기하지않으면 안될것같은 상황에 조금은 방황하더래도 결국엔 또다시 시도하는 그 뜨거운 열정과 한이 타네다의 뜨거운 눈물에서 느껴진다. 미래가 확실치않은 그 험한길을 꾸준히 걸어나아가는 타네다. 그러나 그의 꿈은 안타까운 교통사고로서 끝을 맞이한다. 하지만 마이코는 그의 꿈을 접어둔채 놔두지않고 그가 놓아둔곳부터 다시 이어간다. 타네다가 이루지못한 새로운 앨범 소라닌을 인생처음으로 라이브 스테이지에 올라서서 온갖힘을 다해부르는 마이코의 모습에 나조차도 눈물이 나오는걸 멈추지못했다.

결국 마이코는 어떻게 됬을까? 영화는 그 결말을 가르쳐주지않았다. 사실, 마이코가 타네다를 이어서 밴드활동을 계속해, 레코드제안을 받든 못받았든 상관이 있을까? 그저, 앞으로도 무엇을하던 새로워진 힘과 자신감을 갖고 나아간다면 괜찮을것. 내 자신도 그런 열정으로, 의지를 갖고 한걸음씩 나아가면 될것이라고 믿는다. 그렇다, 언젠간... 나같은 바보도 이 세상을 바꿀 수 있을것이라고 믿고 조금씩 조금씩 전진해가면 될것이라고, 난 그렇게 믿는다.

Saturday, August 14, 2010

What I learned in Japan


一か月で日本の文化や言語、そして日本人達の考え方を全部は学べないでしょう。私が京都に来てから一か月経ちましたが、その短い時間で経験したことについてお話しをしたいと思います。
日本に来る前、私は日本のことをあまり知りませんでした。両親から聞いたり、日本人の友達から聞いたり、アニメや映画みたいな様々なマルチメディアを通して見た日本ではやはり十分ではないと思いました。なので自分の目で見て、自分の耳で聞きながら日本をすべて自分で経験したいと思って、京都に行くと決めたんです。
さて、私が見た日本はどうでしょう。まず、今の日本は変化していると思います。テクノロジーの進歩のおかげで、人々の生活の中に一緒に住めるロボットが生まれたり、生活に必要な色々な物を買える自動販売機も作られたりします。その上、最近注目されている日本の教育制度は「ゆとり教育」に変わった後、様々ないい点と良くない点があって、人々の意見が分かれ、日本の問題の一つになっています。すでに日本に存在している学歴社会にもっとよく合った教育制度にするために作ったゆとり教育が、実は学力を下げて、塾に通う学生の数が増えているのです。それでも、日本は昔の伝統的な面と今の現代的な面の間の不思議なバランスを持っている強国だと思います。
私が立命館大学に来てから他に楽しく学んだことは関西弁です。立命館大学は、日本全国から学生が来ますので、様々な方言を聞くことが出来ます。私もこの機会に京都弁とか関西弁などをきちんと習いました。例えば、バディーさん達がよく使うのは、「せやな、ほんま、そうなんや、ほな」とか「今日はカラオケ行かへん?」などがあります。私は二年間ぐらい自分の大学でずっと標準語だけ学んできたので、ここで習った方言は本当に別の世界でした。けれども、東京に住んでいる友達と電話で話していた時、私が関西弁を楽しんで使っていた途中で、彼は私に英語で言いました。「You’ve been Kyoto-nized. When you come to Tokyo, I will Tokyo-nize you.」すなわち、「関西弁より標準語を使ったほうがいいよ」と彼は言っていました。その時、私は考えました、関東人は関西弁があまり好きではないのではないかと。でも、反対に、関西人は標準語はあまり気にしないのではないのでしょうか。その態度の違いはどこから来ているんでしょうか。
ここからは私が見た日本文化についてお話したいと思います。日本文化はどの国とも違うと感じました。代表的なところ、例えば、お寺、浴衣、そして伝統的なところもありますが、今の時代にも小さいところからも文化の違いが見えます。タクシーの自動ドア、映画館で映画を見るとエンドロールが終わるまでずっと座っている人々、お店の人がお客さんに話す時はいつも声を高くすること、電車の車掌(しゃしょう)が次の車両(しゃりょう)に入る時に礼をすること、これらのことは日本に来て初めて見たことです。深く考えると、こんな毎日のように見れる日本文化は日本人達がいかに相手を尊敬するかをよく表していると感じます。このような面が、将来日本を世界一の精神的なリーダーにするのではないでしょうか。
それで、日本人の考え方はどこから来ているんでしょうか。文化的、そして精神的な面も現在日本人の考え方に影響を与えているんでしょうか。カナダでは、友達と一緒に食べに行った後お金をはらう時は、計算が100%正しくなくても現金を持っていない人の変わりに払ってあげる傾向がたくさんあります。そして韓国では、「一緒に食べに行こうか」というのは「私がおごるよ」ということと同じです。しかし、日本ではみんなで一緒に食べた後計算はきっちりすることが多いようです。私は日本人の友達にこんな違いについて聞いてみました。彼女は「でも、そうするのがフェアでしょう?」と言っていました。お金を払うような簡単な問題にも色々な考え方が存在するということに驚きました。なら、日本の人々の考え方を左右する一番大切な物は何でしょうか。
私は一か月間ぐらい日本に住んで世界を見る目が広くなったと思います。私がずっと住んでいた町が全ての世界なのではなく、もっと広い世界が想像以上に存在しているのです。もちろん、この一か月で十分だったと言っているのはありません。ただ、私自身が生きて行く道の上には、様々な生き方があるという事実についに気づくことが出来たような感じがします。私は、カナダに戻った後でも、日本で見て、聞いて、やってみて、そして学んだことを忘れずなるべくがんばって行こうと思っています。ありがとうございました。